自分への執着が強い人は要注意!確実にコミュニケーション能力が低い

自分に強く執着しているタイプの男性を見ると、もう、その人のコミュニケーション能力は、すぐに判断できます。

その強さが強ければ強い程、コミュニケーション能力は低くなっています。

そして、その強さを増せば増す程に、回りに親しい人間はいない事が分かります。

自分に執着している度合いと、コミュニケーション能力の低さは、驚くぐらいに綺麗に関係しています。

執着度合いが高くなれば、コミュニケーション能力は、それに比例して、見事なぐらいに低くなります。

これは、考えると当たり前の事で、自分に執着しているという事は、自分が全てになります。そうなれば、これを言ったら、女性は、どう感じるかな。

この点を考える事ができない発言に繋がります。

女性が傷つくような言葉の選択を平気でします。

例えば、何気ない会話で、女性が大好きだといっている映画を見た。ところが、男性にしてみたら、何が楽しいのか全然分からない。

女性は、その映画が今までの中で、一番感動したといっている。

それが理解できない。

自分に執着している人は、問題は、自分が理解できない事になります。

だから、平気で、この映画、全然面白くない。
どこが、面白いの。
と真顔で聞きます。
女性は、嫌な気持ちを抱えながら、話を流そうとします。

でも、男性は、自分の納得できる事が聞けないと、自分が気持ち悪いから、しつこく理由を聞きます。

全然、あの映画意味が分からないとひたすら連呼します。
何も気づいていませんが、これは、女性の一部を傷つけている行為です。確かに、そんなに対したレベルではありませんが、十分に女性に嫌われる要素になります。

自分に執着していない人ならば、これは、女性の一部を否定してしまっていると、気が着く事ができます。

女性が大切に思っている映画を否定する。

一番感動したといっている事をちゃんと受け止めれば、否定する意味がない事が分かります。

ただ、自分に執着していると、それが見えません。

女性が何を大切にしているかが、この場面では、どうでも良い事で、自分がその映画が理解できない、どこが面白いのかが分からない。

これが問題。
だから、納得させてくれと、女性に求める。

なんでもないような事ですが、これが、他の事項にも、同じように繋がります。

もし、上記のような事を、違う場面でも、数回にわたり行なえば、まだ関係性が築けていない状態の女性ならば、高い確率で嫌われます。

これは、インターネットを見ているだけでも、これを行なっている人を簡単に見つける事ができます。まず、良く炎上しているブログなどがありますが、あれの主な原因は、自分への執着が強い人が、炎上させているように見えます。

何を書くと、それを読んだ人を不快にさせるのか。これを考えないで、書いてしまう。

自分は、どれだけ、つらい状態なのか。
それを聞いてくれ、そして、大変だったねと声をかけて欲しい。


そういった思いが強い人が、書く文章は、人を不快にします。気分を悪くさせてしまいます。

そういった事を書けば、読んだ人は、その人とは、関わりたくないと思いますから、引きます。

いわゆるメンヘラ系の人達のブログを読めば、この傾向が強い事がすぐに分かります。

そして、書いてはいけない事を書いて、炎上します。トラブルになります。

自分に向けた文章ならば、まだ良いのですが、その相手を外に向けて、他の人物を否定します。
すると、それを不快に感じた人から、避難を受けます。

避難を受けると、自分への執着が強い分、自分を傷つける人を、異常なレベルで攻撃したくなります。絶対に許す事ができないと感じてしまいます。

そして、ぶつかり、トラブルになります。

自分への執着が強い人は、インターネットの中でも、インターネット以外の現実の場面でも、トラブルは、継続的に起きます。

先ほど、メンヘラと呼ばれる人達の話をしました。この人達の傾向としては、自分が、どれだけ可愛そうな境遇であるかを、知って欲しい願望が強いです。

だから、日々、自分の可愛そうな境遇の話をします。そして、多くの人から、大変だったね。可哀想だね。がんばってね。そういった言葉をもらおうとします。

ここで、分かる事があります。

完全に、言う相手を間違えていると言う事です。こういった事を本当に知って欲しい人間は、心の近い、心を許せる相手であるはずです。

でも、それを話す相手がいません。
自分に強く執着してしまっているので、他人の事には、興味ないので、誰も近くにはいません。

でも、自分の可哀想な境遇を話したくてしかたありません。

だから、それをぶちまけます。

でも、インターネット上にいる人は、ただの他人ですから、その人達から、もらえる言葉で、本当に満足できる事はありません。

それが繰り返されても、ただ空虚な時間が増えるだけで、心が満たされる事はありません。

そして、トラブルが起きます。
心が病みます。

この繰り返しです。
良い方向には向かう事がなく、ただ、自分に執着していくだけ。

執着するたびに、回りからは、誰も居なくなります。
心配してくれる人もいなくなります。

ここで、本来やるべき事は、自分をかわいそうと思ってもらう事ではなく、そういった話を聞いてくれる人を持つ事です。

そのためには、相手の事にも興味を持つ事です。

本来ならば、話を親身に聞いてもらう相手というのは、親だったり、母性を持っている母親なのですが、残念ながら、メンヘラと呼ばれる状態になっている人達は、そういった意味で親が、いない事がかなり多いです。

だから、本来、そういった話をするべき相手が、どういった距離の人間なのかを知る事ができていない。

結果、初めて会った人に、そういった話をしてしまったり、ブログで、そういった話を、し続けて、多くの人から可哀想と思ってもらいたがったりするのです。

いつまでも、意識は、自分にしか向かないのです。

自分に執着し続ける事は、良い事ではありません。
その状態である限り、回りの人と本当に話ができるような状態になれる事はありません。

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