自分を否定してしまうあなたへ!自分を肯定するために最初にするべきことは?

自分の人生に自信を持っている人の生き方としては、自分で何事も選択しているというものが、重要となってきます。

ここに、大きな矛盾があると考えています。自由になる事は、自分で全部を決める事ですから、自信を持てるようになるためには、重要な要素です。

しかし、今度、自由になって、何事も、自分で選ぶことができるという立場になると、何を選べば良いのかが分からなくなります。

全ての選択は、自由だという立場に立つと、実際に何を選択すれば良いのかの検討がつかなくなっていきます。
あまりに選択の幅が広く、考える事が困難になってしまうからです。

考えると当たり前の事なのですが、自分で選択をしていくという事は、厳しい面がかなりあります。全部の責任は自分ですし、何が起きるのかはわからない。

先は見えませんし、レール的なものは、何も存在していない。先を示してくれるような人生の師匠と言えるような人もいない。

その中で、自分で選択をして、自由に生きるというのは、日頃から、考えるという作業を繰り返していかないと難しいのです。

ただ、流されるように生きるには、結局、何かに所属してしまうって、考え方を提示してくれる、やるべき方向を示してくれる。

こういった方が楽なのは、間違いありません。だから、ついつい、そういった事を決定してくれる所に、自分を置きたくなってしまいます。
そういった理由があり、ついつい流されるような生き方をしたくなってしまいます。


ただ、もし現在、自分に自信がない場合、流されるように生きていると、自信を持てるようになる事とは、ちょっと遠い位置にいる事になります。

自分で選択をしているという状態になる事がなく、楽な流される道、用意されていて、それに従っていれば良いという状態になっているからです。

自信を持って、自分で人生の中での選択をして、自分が何をするべきかを選択していく事は、難しいです。

そういった自由な選択をしていく事を選んでいるつもりでも、いつの間にか、現実逃避という選択になっている場合も多々あります。

ここでいう現実逃避とは、何かに熱中する事。しかも、熱中する事が、あまり良いと思えない方向に熱中してしまう。

例えば、代表的なものは、パチンコに熱中する。この場合は、熱中レベルではなく、依存状態になっている人も少なくない。

ゲームの世界に入ってしまって、それ以外の事に興味を持たなくなり、極端な場合は、人とのコミュニケーションすらも絶ってしまう。

インターネットに没頭する人も、多く、現実の世界でのコミュニケーションは、取らなくなるのに比べて、インターネットの中のコミュニケーションがすべてになっていく。

何かを自由に選択をできるというのは、逆にこういった状態になってしまう事にも、近い関係があるわけです。
何を選択しても良いというのは、何をしたら良いのかはわからない。

そういった中で、自分は何をするか。これを選択していき、人生を進めて、その中で、自分に対して肯定する感覚を持ち、自信を持つ。

その道筋が全然わからなくなってしまう人がいても、その感覚は、良く分かる気がしています。

今の時代は、思いっきり選択の自由がある時代です。もし、今、あなたが会社員として働いているとしても、すぐにそれをやめて、何かを自分でスタートする事もできますし、フリーターとして生きる事もできます。

とりあえず、生きていく事。食べる事。そういった事は、日本にいればかなりの面で保障されているのです。

何かをしなければならないと、道が決まっている人は今は、ほとんどいませんから、何をしたら良いのかは、多くの人は、決まっていない状態で、スタートしているのです。

その中で、成長する事に、自分は、何をやって生きていくのか。そういった事を選択するような自由が与えられていると同時に、大きな課題を持たされているわけです。

その課題をどうこなしてよいのかわからない。そういった状態であると、自分に対して自信が持てない。そういった自信がない状態になってしまう一つの大きな要因になっていると考えられるのです。

そのため、自分の中で、キャラクターを選択していくというのは、自分で生きる方向性を見つけるためにも、有効な方法だと思っています。

さらに、何をするのか、そういった事が分かっていないと、そこから作り出される自分の世界は、ひどくつまらないものに写ってしまう可能性があります。

誰にでも、同じものを見えれば、同じように見えるはずなのです。例えば、あなたが、今から、古代遺跡に行って景色を見に行きます。

もし、そこで見た古代遺跡の風景を、カメラで風景という絵にして切り取るとするならば、そこに見える風景は、一つの正しいすべてを写しています。
風景の写真では、その瞬間に見えたものは、すべて移してくれています。でも、私達の中では、写真とはまるで違ったものとして、頭の中にインプットされているはずです。

ある人には、そこを見学しに来ているある人物に注意が向けられているかもしれません。ある人は、その古代遺跡の中にある、意味があると自分が思ったものに焦点が行っているかもしれません。

またある人は、その時の空が印象的で、それだけしか覚えていないかもしれません。またある人は、気持ちが疲れている時で、何も覚えていないかもしれない。

などのように、同じものを見ているとしても、個々の状態によって、個々の持っている興味によって、見えるものは、全然違うわけです。

そこから分かってくる事は、何をしたかという事も大切なのですが、自分がどういった状態であるか。ここが何よりも大切になってくるのです。

状態が悪く、何もかもが嫌な状態ならば、何もその人の中には、入ってきません。すべて、入ってくる前に拒否をされてしまうので、どのような経験をしても、その人には、影響を与えないのです。

同じ映画を見ても、感動が止まらない人と、何も感じない人がいます。もちろん、感性の違いもありますが、前者は、心が開いている状態で、描かれているストーリーが素直に心に入ってきます。

一方は、心が閉ざしているので描かれているストーリーは、どのようなものでも入ってくる事が無いのです。言うなれば、そのストーリーが入れるだけの準備が、その人の中では、なされていないのです。

今、目の前に用意されている出来事が、もっとも大切なのではありません。今、あなたの状態がどういった状態にする事ができているのかが、もっとも大切な事なのです。

IPPONグランプリという番組をご存じでしょうか。
ご存じない方のために、お話をしておきますと、大喜利番組です。お題を出されて、そのお題に面白い答えを出していく。

そういった番組なのですが、良くその中で、この写真を見て、一言。というお題があります。

ある場面から切り取られた写真を見せられて、そこで、何を答えるか。想像をして答えていくわけです。

ここには、答えはありません。私達には、前後の場面のつながりを知らないと、何が起きて、結果、こういった状態になっているという事が、把握できません。

これって、私達の事を良く表現しているなって思います。
ある場面を、ポッと見せられても、何が起きているのかはわからないのです。

その前に何が起きたのか。これを知らないといけないのです。だから、先ほどの映画での例をお話しましたが、その前に、その映画を見た人の感性が豊かで、心が開いているという状態になっている。

この状態を作れていないと、映画を見て、描かれている事で、素直に感動する事ができる。この結果を引き出す事はできないのです。

今、何かが起きていて、それを感じる事ができない場合は、その起きている物事に問題があるのではありません。

実の所、今、起きている物事を感じ取れない状態のあなた側を改善しないと、何も良い方向に向かう事ができないのです。

これは、一つの自分を肯定できるようになるための、メカニズムだと思って良いです。良い方向に持って行くためには、まずは、自分の状態を、良い状態にしないと、今後、良い方向にあなたを改善する事は、できないかもしれないのです。

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