人生で何がしたいのか、好きなことがわからない!その解決策は?

自分自身が何をしたいのかを、ちゃんと把握できている人は少ないものです。そして、把握できている事は、自分の事を自分で決めているという感覚に直結します。

自分の事を自分で感じ取って、自分で決定しているのは、もっとも自分を信頼できる一つの要素です

私達は、日頃生きている中で、色々な物事に接しています。そして、その物事の中にも、色々な意味があります。

その意味の中に、自分にとっては、非常に重要な意味が含まれている事が、あったりするのですが、それに気が付ける事が、できません。

だから、多くの人は、自分が何をしたいのかに気がつけず、何となく漠然としたものが、自分の中にある事を感じながら、それがなんであるかが分からず生きています。

その何となく漠然としたものを無視していると、自分で自分のやりたい事を決定しているという気持ちを得る事ができません。

自分のやりたい事に気が付けていないというのが、その主な原因だと思っています。私達は、無数の意味のある事の中から、自分が本当にやりたいと思う事を見つけていく事が、自分で自分の人生を決定していく事なのですから、それをどうやって見つける事ができるのかというのは、大切な作業です。

そのために必要な行動は他人との対話です。ここでは、対話という言葉よりも、深く語り合う事が、適切な言葉だと思います。

今の若い人に、語り合うという言葉を使うと、失笑されそうなので、私は日ごろの生活の中では、この言葉を使う事はありません。

ここは、ネット世界という場所ですので、あえてこの言葉を使っています。それが、もっともマッチしている言葉の選択だと思っているからです。

ちょっと照れくさいような言葉ですが、この、「語り合う。」この行為は、自分では感じる事ができない、漂っている意味を、見つけ出せる事ができる重要なツールだと思っています。

私達の回りに漂っている、意味の中に、自分にとって意味がある出来事を、見つけ出すのは、簡単な事ではありません。

無数の中から、自分にとって、何が必要なのか。これを理解しているのか。と言われれば多くの人は、理解できていないと答えると思います。

それを探し、決定していく工程に、語り合うという作業があるのだと思っています。

私は、この作業を大学時代に常に行い続けました。時間があったというのも、一つの理由ですし、私の相方達とは、一緒の時間を大量に、共有していたという事もあります。

私の家に、週末は必ずと言って良い程、相方達が、寝泊りしていました。何人かの相方達と、新しい出会ったばかりの女性達と過ごしていました。

だから、今、考えてみると、その週末というのは、私にとってみると、私の部屋は、私のものではなく、他人と共有しているスペースとなっていたように感じます。

今から考えてみると、その週末は、私のその後を決定していくような重要な時間が、多々あったのだと思います。

そして、その共有のスペースというのは、いってみれば、ただのキャンプだったような気がします。

現在、私は、仲間とか知人とアウトドアで遊ぶ事が多くなっています。好んで取り入れているのが、キャンプだったりします。

なぜか、私には、この遊びが、マッチしていました。自然にこの遊びに流れてきているような感覚があったのですが、こう考えていくと、その学生の時に大量に過ごしていた週末の時間。

相方と新しくであった女性達と、共有のスペースを持つ事というのは、ただのキャンプだったんだと思います。

そして、その時間の中で、大量の語り合いをし続ける。
なんで、あそこまで私が何年も、その時間を作る事にこだわっていたのかは、今になると説明ができます。

こういった語りの時間であったり、出会いという形をつくったり、共有のスペースを作る。こういった事に、多くの意味を感じていたのだと思います。

今も、引き続き、仲良くなっていった人や、私の時間もだいぶ経過しているので、自分の流れ自体が、だいぶ変化しております。

だから、単体の人もいますし、その人が構成している家族という単位で付き合う場面も多くなってきています。

そういった人達と、楽しむ場面では、キャンプという場面設定がすごく自分には合っています。

当たり前ですが、私の流れも変わっていきます。その流れが変わる事を、自分で知るためにも、私には、こういった仲の良い人達と集まって、深く語るという作業が必要なんだと思っています。

必要だと思っているので、こういった共有のスペースを作って、楽しんでいるのかなと。そう感じています。

そして、その作業の必要性と、重要性が、深く私の身に染みていると感じています。長年続けている作業であり、私の事を決定するための、重要な要因となっています。

自信を作っている一つの要因は、まさしく、この語り合うという作業だと言えると思います。

回りに漂っている無数の意味。その中から、自分にとって、本当に必要なものを選択していく。その途方もないような作業。

その中から、見事に自分の可能性を引き延ばせるものを見つける事ができるのは、ちょっとした奇跡的な事のようにも感じます。

それを可能にするものが、人と語り合う事なんだと思っています。

今、あなたがまだ、自分が、本当にやりたいと思う事を見つけられていない。

自分の可能性について、見つけられたという感覚を得る事ができていない場合。自信というものを感じられない場合。

この語り合うという作業がされていないのかもしれません。一度、自分の活動の中に、人と語り合うという時間が組み込まれているかを考えてみてください。

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